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文章諸々
2025/03
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don't stay !
シャウト。密閉式イヤホンは決して音を漏らさない、僕の耳小骨は正確に振れて、僕はごく小さく音階を呟いた。ふぉあがっと、めもりーず、車体が大きく揺れて僕の歌未満はあっさりと掻き消えた。何事もない、とひたすらに電車はすすむ、(僕をのせて)。
「起きてる?」
「とても起きてる」
僕はちいさく返答した。粘つく唾液、寝起きみたいな掠れ声が、でた。
姫野は相変わらずの春めいたあまーい声で、くすくすわらった、天使だ!織先輩ならそう評するであろう。しかし、すずきくん変な声、と暴言が、イヤホンの隙間を縫って僕の耳にとどいた。
「失敬な、僕は多大に傷ついたよ」
「あ、聞こえた?でもほんとーに変な声なんだって、」
寝てたでしょう、姫野のほそっこい指が僕の髪の毛をなぜた。寝癖、まさか、寝てすらいない。
僕は試しに、あー、と小さく発声してみた、チェスターと姫野の声にまじって僕の声は大層貧相ないつものそれであるように感じられた。
「もうなおった、し寝てないよ、僕は、」
「えー、でも寝癖ついていたよ」
「姫野くんみたいにさらさらじゃあないですからね、多少ね止め跳ねはらいは許してくれたまえよ、」
「わあ、おこったー」
「おこってないよ」
「おこってるよー」
「おこってないってば」
なんだこのばかっぷるみたいな会話、うんざりとして姫野を睨むと、彼は女の子みたいな顔そのままににこーと破顔した。花畑がみえた。向かいの女子高生の一団から小さくも華やかな黄色いお声が沸き上がる。きゃあ。
「磁場が…」
「ん?」
「いや、」
鼻声のアナウンスが車内に響いた、次は終点ー、僕は両の耳からイヤホンを引き抜いた。いん、じ、えんど、車体は斜めにかたむいて速度は収束する。しけった空気がにわかに動き出す。
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「旅にでたいね」
「まだみぬ地、へってやつだ」
「いや、べつに、すでにみた地、でもかまわない」
「はあ?ロマン不足してんじゃないか、それは旅じゃあないね、旅行だね」
「じゃあ旅行でいいよ」
「よくない、まったくよくないぞ」
「…なにゆえ」
「つまりあれだ、男に二言はあってはならない」
「残念ながら時代はジェンダーフリーだ」
「有言実行」
「仏の顔は三度までらしい」
「嘘つきは泥棒」
「言い得て妙だね」
「可愛い子には旅をさせろ」
「残念ながら可愛くない」
「・・・・・」
「・・・・・」
「旅はいいぞ、出会いと別れとヒッチハイク」
「日本でヒッチハイクとか物理的に無理だとおもうけど」
「日本とか、お前は、なんにも分かっちゃいないんだよ、この際だから言わせてもらうがな、」
「きみだって相当わかっちゃいない、だいたいな、」
「うるせえだまれ」
「きみがまずだまれ騒々しい」
「おまえの存在がうざい」
「きみの気配がきもちわるい」
「こそ泥風情が、働けニート」
「きみだって大差ねえだろ、半ばニートじゃねえか」
「半ばだし」
「半ばはニートなんだよ、もう半分はヒモ同然じゃねえか救えねえ」
「愛ある援助だばかやろう、人様の不幸の上に立ってるおまえにだけはいわれたくないね」
「きみ昨日その前と、そのヒトサマの不幸から生まれた金でラーメン食っただろうが」
「おまえだってマイちゃんの金でマック食ってんだろ今現在」
「マイちゃんじゃねーだろ、アヤノちゃんだろゲス」
「アヤノちゃんとはこの間切ったし、ゲスはおまえだし」
「でもマイちゃんとも切ったって昨日言ってただろきみ」
「…そうだっけ」
「……たしか」
「あなたが悪いのよ」
それは責任転嫁でもあったし、正当な糾弾でもあったのだとおもう。
僕は左手に握りしめたままのハンカチに目をやった。やけに汗ばんでいる僕の手、にしっかりとつかまれているそれは同情したくなるくらい深い深い皴を身に湛えていた。彼女の視線は僕の右側頭部に刺ささり続ける。
目を閉じてしまいたい、僕は痛切に感じた。
「あなたはなにも分かっていない」
彼女の声は変わらず硬質の一途であった。
たしかに僕はなにひとつとして分かってはいなかったし、かつ、これから先理解することもないように思われた。しかしここでこのタイミングで、ああそうだね、と開き直る度胸も、控えめに首肯する潔さも、曖昧に微笑む薄情さも、僕は持ち合わせていなかった。僕は目を合わせることも、口を開くことも放棄した。
彼女は怒りもしなかったが、笑いもしなかった。
「さようなら」
ただそれだけ、なにかから引用したかの如く、ひどく硬いかたい棒読みで呟いて、踵をかえした。尖ったヒールがタイルを打ち付けた。
僕は口の中だけでこっそり、反復して、今度こそ目を閉じた。
ローヒルがコンクリートを蹴り飛ばす、硬質でいささか乱暴な音がひたすらに連続して空気を揺らす、カツカツカツ、何を急いているのだろう、げんなりする気持ちを奮い立たせて、むやみやたらと脚を動かす、電車だ、電車は待ってくれない。暑い、乱暴に腕を捲って少し荒くなった呼吸そのままに改札に定期を捩込んだ。目算、17時10分前後、おそらくセーフ、無事座席を確保できれば重畳である、私は歩調を僅かに緩めてべたつく鼻先を拭った。指先にぬるり、と汗とファンデーションなんかが溶け合った液体がからむ。三番線に列車が入ります黄色い線の、眠そうな声でのアナウンス、にわかに騒がしくなる階下に急かされるように私はエスカレーターを駆け降りた。
「俺は耳がわるいんだ」
相変わらずの面倒くさそうで、かつ、はっきりとした声色でもって芦屋くんはつぶやいた。独り言というよりは俺へ、俺へというよりは窒素に、といった呟きであったので俺は一瞬黙して、そして首を傾げてみせた。
案の定芦屋くんはやたらかったるそうな顔をした。遅刻寸前、朝、シャツのボタンを一個ずらしちゃった時、みたいな。
「だから、何度も聞き返しても許してくれって、こと、だよ」
「なるほど」
言葉の足りない芦屋くん。面倒くさがってはしょっても結局再度説明を求められるのだと何回体感しても、彼はこの悪癖を改善しようとしない。
「どうしていきなり」
「説明しないと駄目ですか」
「まあ、気になるね」
「残念ながら、俺はそんなに気にならない」
「芦屋くんが気に留めるようなことなんてこの世にないっていう噂だけど」
失礼な、と胡散臭く笑って芦屋くんはその極端に細長い指で、俺のこめかみを結構強く突いた。地味に、痛い。
「暴力反対」
「ボウリョクハンタイ、人間は暴力の元に胡座かいて生きてるんだぜ、厚かましい」
「そういうの巷では屁理屈っていうらしいよ」
「ああ、西東くんの特技のこと」
「そう、芦屋くんの口癖のこと」
くすくす、耳にかかる、空気が細かくふるえる、笑い声。薄い唇が、愉快そうにゆるうく釣り上がる。俺は芦屋くんのこういう笑顔が、やたらすきである。撫でたくなる。
「ねむい」
しかし表情はゆるぎなく冴えている。
「君はいっつもねむいらしい」
「西東くんはいっつも眠そうだ」
「こればっかりはどうしようも」
「でも君の顔はわりとすき、だね」
愛嬌があるよ。
思わず顔を上げた。芦屋くんは相変わらず怠そうに、しかし楽しげな笑みをうかべた。だから俺はこの顔に弱いのだと。
「照れるんだけど」
「照れた顔もかっこいいぜ」
「馬鹿にしてるだろ、性格悪ー」
「きこえないねー」
都合のよろしいお耳様だこと!芦屋くんのにやにや笑いは延々と、俺のなんだか情けない気分と比例して延々とつづくのであった。
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