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2024/05
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ぼくたちが完璧なものにたいして覚束ない憧憬をいだくのはつまり自己の致命的な欠落をきっちり自覚しているからなんですよう。
この男のあのいかにも筋張ってなまあたたかい声帯からこれほどにまで甘ったるい声色がでるものなのかと私は夜の湿った空気を訝った。日中に降った雨のせいか、あたりには濃い霧がぼんやりと立ち込めて数メートル先の信号機も私には視認することができない。路面は黒色にいかなも濡れていて世界はあまりにも静かであった。
「霧の夜は」街灯がゆっくりと明滅する「夢のよう」
ですね。私はひとりごとを口先にこぼす。男は小さく吹き出した。
「夢なんてみたこともないくせに」
男は笑いか痙攣か定かではない振動を語尾にふくませて私の肩を気安くたたいた。きみのゆめなんてぼくがぜんぶたべてしまったんですよう。と。
「飲み過ぎです」私は当たり障りのない定型句を口にした「早く帰りましょう」
「酔っちゃいないんだ」
同じく定型句で皮肉げに笑う男の瞳はたしかに存外にさめていて私は背筋にねとりとした嫌な感覚をおぼえた。
「でもぼくは」男の目は死人のそれによくにていた「あなたの欠落が愛おしい」
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ぎっぎっ、と床のなく音がしっくいと木材を挟んだ向こう側からそのしっくいと木材の存在を感じさせぬ鮮明さでもって僕の鼓膜をふるわせた。ぎっ、ぎ、ん、あ、ああ、あ、あ、あ、ぎっ、つまり、これは、なんというか、
「おさかんですな」
「おわかいですね」
「つつぬけですな」
「まるぎこえです」
僕は自分でついだ玉露をひとくち、ハヤカワさんは作り笑いそのままにテレビの音量を三つほど上げた。それではつぎのにゅーすです、アナウンサーの声が情緒不安定にお隣りの騒音とまじって僕はかえってなにやら不快な気分を覚えた。ハヤカワさんは微笑んだままである。
わたしはわたしのおしまいがおそろしいのだ。彼女の声はたしかに言いようによっては恐怖のような陰をはらんで常にない微細な振動に台詞の語尾を濁らせていた。しかしながらそれをまごうことなきおののきと断定してしまうには日々の彼女はいささか不遜すぎていたし、だいいち彼女は気まぐれの戯言を好む類いの人間であった。
だから、私がその台詞をまったく真に受けずにドリンクバーの泥味のするアメリカンへの不満に頭を満たしていたのはじつに自然なことであった。
「死ぬのがこわいなら脳みそを冷凍保存してみたらいいんじゃないの。あと、錬金術とか」
「きみは不誠実だよ」
彼女は笑った。
(すくなくとも、表情筋、は)(わたしは彼女のそのほの暗い黒目を見てみぬふりをした)
彼女の歩みは平時のそれと比べるべくもあらず覚束ないものであった。歩を進めるべく前方に浮いた右脚の膝は不自然に曲がっており、着地時には重心が右側へ大きくぶれた。痛むらしく彼女は先程からずうっとしかめつらで、無言を戒律みたいに貫いていた。8センチメートルなんてきちがいじみたヒールを履くからである。僕は僕より5センチメートルも長身になってしまった脚の長い彼女と彼女の自業自得なくるしみと僕のささいな矜持を思ってちいさく苦笑した。すると揺れた空気に敏感に彼女は眉間の皺そのままに僕を見下ろし、不機嫌そうに口の端を噛んだ。
「べつに、きみを笑ったわけじゃあないよ」
「嘘をつくなよ」
「嘘じゃあないったら八割方」
「二割は本当なんじゃあない、だいたい、沢山歩くんなら事前に行ってよね、不誠実だわ。自分はちゃっかりスニーカーなんて履いてきて」
「僕もこんなに歩くなんて思っていなかったんだよ。それに僕はいつもスニーカーだよ、」
もう少しで駅につくよ我慢しなよ、しかし僕のこの台詞は概ね3回目であったし、2回目に口にしたのはだいたい10分前であったので彼女はあからさまに聞き流した。
うまく関節が使えないものだから緩衝機能がはたらかず、彼女の足音はいくぶん容赦なく、老朽化の著しいアスファルトを削った。
「ただわたしは真実が知りたいだけなの」
彼女はそういっていくぶん悲しげに目を伏せた。右手のカッターナイフが西日をうけてきらり、と無機質に輝く。僕は目を細めてその光をやりすごした。
真実。
「ニュースでも見たら?」
「冗談じゃないわ」
「じゃあ新聞は、雑誌は、インターネットは、ラジオなんかもアナクロぽくていいとおもうけど」
「ねえ、」彼女は険しい目つきで僕を睨んだ。「冗談じゃないっていったでしょう。わたし本気で悩んでるのよ、ごまかさないでよ、それともあなたの脳みそってバニラシェイクの親戚か何かなわけ」
彼女は苛立たしげにカッターナイフで机を3回叩いた、かつかつかつ。
「べつに」僕は口ごもる「ごまかしているわけじゃあないよ」
「往生際がわるい」
「常識の範囲内で助言したまでだよ」
「あなたっていつからそんなに薄情になったわけ」
おそらく彼女はすこしばかり傷付いて、おおいに憤っていた。しかし僕にだって残念ながら立場というものがある。
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