文章諸々
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
雪が、降っていた。12番目も折り返しをとうに走り抜け、存在しない師匠も息を切らすころ。掻いたそばから積もる綿帽子に子供のぼくはひたすら無邪気であった。すくなくとも、いまよりは。
そこは、ひどく寂しい風景だった、とおもう。足跡も疎らな雪原に平淡な曇天から重い雪が降り続く、なにもない、音もない(雪は音を吸うのだといったのは、いったい誰であったか)、空気はひやりと切るようにつめたくありたいていに言えばそのぶん澄んでいた。
雪原の東の終わりには大きな洋風屋敷があった。建築様式などからきしなぼくにはわからない、緻密で、繊細なつくりの、しろいろの洋館。メイティの家の雰囲気とよく似ていたが、彼女の屋敷のような華やかな庭や園芸のたぐいは存在しなかった、万年雪の地には存在しえないのだ。彩度も明度もひくい、なにか夢のような、(悪夢のような)、
屋敷にはリヴェラ婦人と何人かの使用人、それ以外の何人かの子供や大人がいた。リヴェラ婦人はメイティの叔母で、上品な笑顔が印象的な老婦人だ。たいてい広い書斎にこもりきりで会うことはめったになかった。ぼくは一日の大半を何人かの子供、とりわけ黒い髪に青色の目をした少女、と過ごした。
少女といっても彼女がほんとうに女なのか、はたまた男なのかはいまにいたってもわからない。彼女は、聞いても、答えてくれなかった。ただあまりにもきれいな顔をしていたから、ぼくはその子供を女の子と仮定して接していた。彼女もその扱いに対して不満をもっているようには見えなかった。
彼女共和国の人間で、名前はひどく長く発音も難解であったため、ぼくは名前の一部をとってジルとよんでいた。彼女はぼくのことを最後まで名前で呼んではくれなかった。
二度目の冬に彼女は北に還り、ぼくも東に還った。
「そりゃあ、デリペトレ伯爵家の嫡子じゃないのか、確証はないが可能性としては大きい。リヴェラっていうのは、あの冷凍女狐のことだろう、」
「冗談でもやめろよ、骸吊しなんて、縁起でもない」
ぼくは、かろうじで、苦笑した。冷たい風が凪いだ。
「可能性のはなしだ。リヴェラ、キール伯爵っていえば北のほうでは名家だろう、その名家に没落気味のおまえが滞在していたことは甚だ疑問だがな。それに、黒髪に青緑の目といえば骸吊しの身体特徴だ、あの家はムール山脈のはるか北で国境の近くだろう、間違っちゃいない」
「…もしほんとうなら心臓に悪いな、しかしなにしろ何もおぼえちゃいない。家を出て久しいし、当の家がこのありさまじゃあ、」
今度はエイリーが苦笑した。渇いた風にのる焦げたにおい、眼前にはなにもなかった。すくなくとも、燃え尽きた灰くずを、なにか、と定義しなければのはなしだけれど。
この地方の冬は雪は降らないがひどく乾燥するのだ。木造建築が燃え尽きるのにそう時間はかからない。
「まあ実質的には空き家だったし、かまわないんだけれどね」
「親父さんが哀しむ」
「死者に口はないよ」
「まあ、ね」
ぼくは踵返す、エイリーもあとに続く。
「そういえばデリペトレ家も屋敷が全焼したんだ、10年以上前だけど」
「エイリー、おまえってなんでそう無駄なことばかり知っているんだ」
「無駄なことばかりでもない、比率的には7:3くらいだ。ちなみにデリペトレ家はその火事で全員死んで滅亡、これは新聞でも騒がれた」
「7割は無駄知識だと認めるわけだな。だいたい、貴族制なんていまどきあってなきものだし、」
「まあ、おまえを見ているとよくわかるな」
「さいで」
「このあとどうするの」
「とりあえず、」
「とりあえず?」
「おいしいコーヒーがのみたい」
「…さいで」
そこは、ひどく寂しい風景だった、とおもう。足跡も疎らな雪原に平淡な曇天から重い雪が降り続く、なにもない、音もない(雪は音を吸うのだといったのは、いったい誰であったか)、空気はひやりと切るようにつめたくありたいていに言えばそのぶん澄んでいた。
雪原の東の終わりには大きな洋風屋敷があった。建築様式などからきしなぼくにはわからない、緻密で、繊細なつくりの、しろいろの洋館。メイティの家の雰囲気とよく似ていたが、彼女の屋敷のような華やかな庭や園芸のたぐいは存在しなかった、万年雪の地には存在しえないのだ。彩度も明度もひくい、なにか夢のような、(悪夢のような)、
屋敷にはリヴェラ婦人と何人かの使用人、それ以外の何人かの子供や大人がいた。リヴェラ婦人はメイティの叔母で、上品な笑顔が印象的な老婦人だ。たいてい広い書斎にこもりきりで会うことはめったになかった。ぼくは一日の大半を何人かの子供、とりわけ黒い髪に青色の目をした少女、と過ごした。
少女といっても彼女がほんとうに女なのか、はたまた男なのかはいまにいたってもわからない。彼女は、聞いても、答えてくれなかった。ただあまりにもきれいな顔をしていたから、ぼくはその子供を女の子と仮定して接していた。彼女もその扱いに対して不満をもっているようには見えなかった。
彼女共和国の人間で、名前はひどく長く発音も難解であったため、ぼくは名前の一部をとってジルとよんでいた。彼女はぼくのことを最後まで名前で呼んではくれなかった。
二度目の冬に彼女は北に還り、ぼくも東に還った。
「そりゃあ、デリペトレ伯爵家の嫡子じゃないのか、確証はないが可能性としては大きい。リヴェラっていうのは、あの冷凍女狐のことだろう、」
「冗談でもやめろよ、骸吊しなんて、縁起でもない」
ぼくは、かろうじで、苦笑した。冷たい風が凪いだ。
「可能性のはなしだ。リヴェラ、キール伯爵っていえば北のほうでは名家だろう、その名家に没落気味のおまえが滞在していたことは甚だ疑問だがな。それに、黒髪に青緑の目といえば骸吊しの身体特徴だ、あの家はムール山脈のはるか北で国境の近くだろう、間違っちゃいない」
「…もしほんとうなら心臓に悪いな、しかしなにしろ何もおぼえちゃいない。家を出て久しいし、当の家がこのありさまじゃあ、」
今度はエイリーが苦笑した。渇いた風にのる焦げたにおい、眼前にはなにもなかった。すくなくとも、燃え尽きた灰くずを、なにか、と定義しなければのはなしだけれど。
この地方の冬は雪は降らないがひどく乾燥するのだ。木造建築が燃え尽きるのにそう時間はかからない。
「まあ実質的には空き家だったし、かまわないんだけれどね」
「親父さんが哀しむ」
「死者に口はないよ」
「まあ、ね」
ぼくは踵返す、エイリーもあとに続く。
「そういえばデリペトレ家も屋敷が全焼したんだ、10年以上前だけど」
「エイリー、おまえってなんでそう無駄なことばかり知っているんだ」
「無駄なことばかりでもない、比率的には7:3くらいだ。ちなみにデリペトレ家はその火事で全員死んで滅亡、これは新聞でも騒がれた」
「7割は無駄知識だと認めるわけだな。だいたい、貴族制なんていまどきあってなきものだし、」
「まあ、おまえを見ているとよくわかるな」
「さいで」
「このあとどうするの」
「とりあえず、」
「とりあえず?」
「おいしいコーヒーがのみたい」
「…さいで」
PR
タイツなんて穿いてくるんじゃあなかった、後悔は先にたたない、私の脚はひたすらに熱を溜め込む。何故今日にかぎって空調を止めているのか、運が悪かったのかも(いや、)(現実的に言って、間が、悪い)。
0819
0819
「君はいつも上辺ばかりじゃあないか、」
そう言う二宮はしかしまるっきり腑抜けた笑みをうかべていた。
雨上がりの湿った空気は秋の風で冷えに冷えて、僕の膝はしくしくとした神経痛を訴えて久しい。右手の鯛焼きからはもうもうと白色の湯気が立ち上り、体感湿度を微々とつりあげていた。
二宮は自身の左手におさまる鯛焼きの尻尾を食んで、ついでにといった具合に続けた。
「俺には君が哲学を持っているとは思えないね、いくらソクラテスだのヘーゲルだのデューイだの引用したって、君には思想がない、意味がない、言葉は消える、しかしそれだけだ、衒学趣味も大概にしたまえよ」
鯛焼きをかじる。僕もつられて鯛焼きをかじる。そして一応、と反論する。
「君個人の考え、というかただの、僕に対する悪口のように聞こえるわけだが」
「まあ六割は悪口なわけだけれどね」
「そこは四割くらいにまけておいてくれよ」
友人甲斐のない、僕のつぶやきは結局、湯気ごしの二宮には届かなかった。
0929
そう言う二宮はしかしまるっきり腑抜けた笑みをうかべていた。
雨上がりの湿った空気は秋の風で冷えに冷えて、僕の膝はしくしくとした神経痛を訴えて久しい。右手の鯛焼きからはもうもうと白色の湯気が立ち上り、体感湿度を微々とつりあげていた。
二宮は自身の左手におさまる鯛焼きの尻尾を食んで、ついでにといった具合に続けた。
「俺には君が哲学を持っているとは思えないね、いくらソクラテスだのヘーゲルだのデューイだの引用したって、君には思想がない、意味がない、言葉は消える、しかしそれだけだ、衒学趣味も大概にしたまえよ」
鯛焼きをかじる。僕もつられて鯛焼きをかじる。そして一応、と反論する。
「君個人の考え、というかただの、僕に対する悪口のように聞こえるわけだが」
「まあ六割は悪口なわけだけれどね」
「そこは四割くらいにまけておいてくれよ」
友人甲斐のない、僕のつぶやきは結局、湯気ごしの二宮には届かなかった。
0929
秋の、哀愁めいた風が科学繊維をすりぬけて僕の皮膚をなぜた。さむい、というよりはつめたい、つめたいというよりは冷えている、温感、木枯らしというにはまだ早い、ひやりとした闇色。僕は小さく、しかしはっきりと震えた。
1013
1013
椣原さん、私を呼ぶ声は暖房のきいた空気を震わせ私の鼓膜を耳小骨をリンパ液を揺らして、そして私は目を開いた。椣原さん、よく聞けばそれはどうやら国語の女教師の声のようで、ああ、と私は回らぬ頭でそういえば今授業中、と芳しくない解答にいきついた。椣原さん、険のある、むしろ険しかないきつい声、教室はなぜか静かだ。
1024
1024
最新CM
最新記事
(02/13)
(12/04)
(09/08)
(08/30)
(06/20)
最新TB
プロフィール
HN:
カンノ
性別:
非公開
ブログ内検索
カウンター